ブータンという国をご存知だろうか。「最後の秘境」と呼ばれることもあるこの国は、ちょっと不思議で、とても魅力的な国。
ブータンは、ネパールの東、インドの北に位置する小さな国。インド、ネパール、タイ、バングラディッシュの4カ国6都市から、ブータンでたった1つの国際空港があるパロ市へアクセスできる。もちろん日本からの直通便はなく、経由地で1泊することになる。はっきりいって、遠い!のだ。
1970年代に本格的に観光客の受け入れが許可されたが、それまではほぼ鎖国状態だった。ガイドブックを読むも、実態はよく分からぬまま入国。いきなり目の前に現れたのはド派手な空港。規模は小さいが、鮮やかな建物。これがブータンににたった1つの国際空港だ。

空港はとても立派で、伝統的な様式で建てられている。

ブータン唯一の国営航空会社「Druk Airline」
ガイドブックによれば、ブータンは自国の文化と環境を守るために現在でも入国者数を制限し、観光は常にガイド付き。また自然が豊かで、多くの人々は農業を生業としている。そのため昔懐かしい農村風景が多く残り、昔の日本の山里を思わせる…とか。山がちな地形で谷が多く、人々は谷ごとに集落をつくり谷ごとの文化を持っているのだという。

のどかな田園風景が広がるブータンを山の中腹から眺める。
しかしのどかな田園風景を残しつつも、ブータンは今年の新国王戴冠に向けて、建物も道もどこも工事中。例えば、空港のあるパロから首都のティンプーまで車で2時間の道のり。道路は工事の真最中。インドからの労働者が石を運び、おしゃべりしつつも道を造っているのでありました。
街(といっても、とても小さい)でも多くの工事が行われており、「あそこに大きなホテルができます、あっちにはビルが建ちます。」とガイドが教えてくれた。
険しい山に段々畑をつくり、人と動物しか通れない狭い道がくねくねと続く農村。かたや大工事が行われ、今まさに変化の途中の街。私はこの2つの出来事の、時間の流れ方があまりにも違うため、どうしても1つの国で起こっていることに感じられなかった。この国は今後、どんな風に変化していくのだろう。滞在中はそんなことばかり考えていた気がする。

ブータンは織物が有名。とても手が出ない値段のものがたくさん。複雑な模様と、色彩は本当に美しい。
当のブータン人たちはのんびりしたもので、休みの日になれば国技でもある弓に興じ、野菜市場で野菜を売りながらのんびりと過ごしていた。また、ブータンでは伝統を重んずるため、20年ほど前から独特の政策がとられている。公式な場での民族衣装の着用と、建物に伝統的なデザインの採用すること。寺院や公営の施設はもちろん農村、街のメインストリートなどどこでも、人々の多くは民族衣装を着ていた。そしてほとんどの建物には伝統的なデザインが施されていた。
どこの国?というより、いつの時代?と聞きたくなるような光景にブータンの謎はますます深まるばかりだった。もしも日本で急に同じ政策がとられたら、どうなるのだろうか?面白そうだけど、きっとすごい混乱になってしまうだろう。もう20年も経っているからか、ブータンの人々はそれを受け入れながら、自分たちのペースで穏やかに暮らしているように見えた。

数少ない店の店主。ここは狭い方で、広い店はお酒やお菓子などもある。
ブータン人の暮らしをぼんやりと眺めていると、あっという間に時間が過ぎて行く。
ブータン泊最後の日。私たちには、1つ大きな目的があった。それはブータン人の聖地、タクツァン僧院に行く事。
そもそもここは、ブータンに仏教を広めたと伝えられるパドマサンババという人物が、メスの虎の背中に乗って降り立ったという場所。別名「虎のねぐら」とも呼ばれている、ブータン人憧れの聖地。豊かな自然に恵まれたブータンはトレッキングも盛んで、多くの観光客が観光目的とトレッキングを兼ねて、この僧院に訪れるとか。
しかし!タクツァン僧院は崖の上にそびえ立ち、実際に見るととても徒歩で行けるとは思えない所に鎮座ましましているのです。
ガイドブックのトレッキング難易度は低く
「まぁ、いつもの恰好で登れるさ」とすっかり安心していた私。
ジーンズとスニーカーという恰好でトレッキングの打ち合わせに挑むと…
ガイドが「ジーパンだとこすれて足が痛いかもしれない、それにトレッキングシューズもあった方がいいんだけど」。と言う。
ヤバイ!ピンチ!
自然を甘くみていた?!
この恰好で目的地まで、辿り着けるのか?!

同じくタクツァン僧院に向かう人々。この日は初雪が舞うほど寒かった。
民俗衣装の下は、セーターやタイツを重ね着して寒さをしのいでいる。それにしても、この恰好で楽々と登るのだから、本当に身軽だなと感心してしまう。
しかし、毎週体を動かしているし、なんとかなるかも。
若さだけを頼りに不安を抱えながらも当日を迎えた私。
頂上までの道のりは、最初から登り坂が続き、20分も登ると息があがってきた。かなりの汗をかき、途中何度も水を飲みながら、無言で登る。
思っていたより、キツイかも。
そう思って歩いていると、急にカラダが軽くなってきた。
体がほぐれてきたのか、どんどん進めそうだ。遠くにそびえるタクツァン僧院にもすぐに行けそうな気分。
「な〜んだ、トレッキングって楽しいじゃん!」とHIGH状態になって進む。
しかし、その20分後。疲れが押し寄せる。かなりLOW…
息をきらしながら、なんとかペースを保って進むも、景色を楽しむ余裕はない。
はぁはぁ言いながら歩いていると、横を子供が走り抜ける。
無邪気に自己紹介をしながら楽々と進む子供。
地元の人にとってはこんな道は、なんてことないようで
10cmくらいのヒールをはいて登る女子もいるらしい。
嘘デショ…。
結局、HIGH と LOW を繰り返しながらなんとか頂上へ辿り着いた。

近くの展望台から。許可を得ていない人は、展望台までしか進めないとのこと。
下山後は、疲れがピークに達し、ヘロヘロに。
気力だけで地元の農家を見学し、街の土産物屋を覗くも
ホテルに戻るなり、シャワーも浴びずに泥のように眠ってしまいました。

一番多く売られているのは、トウガラシ。

野菜、米、肉などエリアごとに商品が分かれている市場。

地元の人々の食事。唐辛子が多く使われているのでとても辛い!
街や山であったブータン人はとても素朴で、暮らしも質素だった。しかし彼らからは、「貧しさ」は感じられなかった。自給自足の生活を送って、不自由はないようだ。その証拠に、彼らはいつもとても穏やかで、幸せそうな顔をしていた。
印象に残ったのは、市場を訪れた時のことだ。
地元の人々が私を物珍しそうに見ている気がして、彼らに私はどんな風に見えているのか気になった。
軽いトレッキングで音をあげて、騒がしい東京で暮らす私は、彼らのように穏やかで幸せそうな顔をしていたかな?と考えてしまう。
ビジーな街、東京で暮らしていると便利が当たり前になってしまう。そして、それが幸せだと思ってしまう。今回の旅でブータンの人々の穏やかな笑顔が、「こんな幸せもあるよ、のんびり暮らすのもいいもんだよ。」と教えてくれたように思う。ブータン人の目線で世の中を見て、暮らしてみるのも楽しいかもしれない、と思った。
まずはブータン流の穏やかな笑顔から、実践してみようかな。